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霧が晴れたら早歩き

昔テレビっ子の40代が、自分の好きだった物を再認識するブログ

20年前の今日、私は東京にいた

地下鉄サリン事件

20年前の320日は地下鉄サリン事件が起こった日である。

 

この日私は高校時代の友人グループで12日の東京観光をしていた。

 

正確には事件発生時刻の午前8時頃は、まだ名古屋からの新幹線車中だったのだけど。

 

事件には気づかないまま

東京に着いてからは地上路線ばかり利用していたので事件の事など全く気づかないまま、新宿や原宿など有名どころを巡り巡って一日中東京観光を満喫していた。

 

ただ、午前中どの路線だったかわからないが移動中の車窓を眺めていたとき、どこかの地下鉄の出入口らしき周辺に不自然な人だかりを遠目に見た気がする。

 

なんだろう? とは思ったが、田舎者の目には「東京は人が多いなあ」という呑気な感想しか抱かなかった。後になってあれは地上に避難してきた人達で騒然としていた現場だったのではなかったかと思った。

 

夜になって地下鉄に乗ってもまだ気づかなかった

一日中遊び歩いたあと、調べてあったお店へ晩ご飯を食べに行くため地下鉄に乗った。

 

地下鉄は霞ヶ関駅を通過した。

 

「あれー? 今通過したよねー? 地下鉄なのに」

 

浮かれて話し込んでてアナウンスも聞いてなかったのかもしれない。

まだ誰も事件に気がついていなかった。

 

ホテルでやっと気がついた

お腹も満たされホテルに入ってやっと事件を知ったのです。

新聞の一面が貼りだされていました。

 

「なんか、すごいことになってるよ…」

 

部屋で落ち着いてから誰かが「家に電話した方がいいんじゃない」と言ったので、当時はまだケータイを持ってなかったから小銭を握りしめてみんなでロビーの公衆電話に並んだ。

 

まだ事件についてよくわかってなかったし、親に電話することも滅多に無いことだったので、こそばゆい思いで友達の後に続いて電話したのだが、電話の向こうでホッとしているのが伝わってくるほどで不思議な感じがした。

 

東京にいる自分が事件について全く知らず、家でテレビを見ていた親の方がニュースで知って心配しているという不思議な状況だった。

 

今ならスマホ等でいつでもどこでもニュースを知ることができるが、当時は外を出歩いていると巷で起こっている出来事を知るタイミングはあまり無かった。なんと呑気な時代だったんだろう。

 

翌日も予定通り存分に遊び尽くして帰宅すると両親はいろいろ聞いてきたが、何にも知らないと言うと安心したようだ。

 

そしてテレビで報道されまくっているのを見て、やっと「とんでもない時に東京にいたものだ」と驚いたのである。

 

なんの被害も受けず、なんの影響もなく、ただ遊びまくっていただけなのだけれど、“あの日”東京にいたということは、事件が報道され続ける限り忘れる事はできないのです。